コラム

hummingbird No.42 本来無一物

いよいよ今年もやってきました。師走。
年を重ねるごとに、一年の流れの速さに驚きと切なさが増すようになっています。
そして今年も年内に片づけてしまいたいことをリストに書き出し、年末に「忘れてたー!」ということを避けたいと思っています。大体毎年一つはやらかして家族に「まぁいいじゃないの」と緩められて、きっと毎年少しずつ余計な塊をほぐしてもらっているようにも思っています。

そういえば昨年宣言していた「竹ぼうき」ですが、実はまだ購入していません。
最近、朝のゴミ拾い散歩に夫が参加してくれるようになり、一緒に話をしながら落ち葉掃きまでしていると、拾いにくい落ち葉を集める作業も楽しみの一つになっていたことに気づきました。
そして最近、近所の神社さんで始めた落ち葉掃きと草むしりのお手伝いでとても使いやすい竹ぼうきを使わせていただくのですが、そこで無心で「サッサッ」と掃いているといつの間にか心がスッキリしていて、なんだかもう満たされてしまった様なのです。物欲一つ消えてゆきました。めでたし、といたします。

さて、今回コラムの題名は『本来無一物ほんらいむいちもつ』です。
この言葉は「すべての物事には実体がなく、執着すべきものは何一つない」という禅の教えです。
実体がないというのは、「物事は因縁によって生じ、固定的な本質を持たない」ということを意味します。
そして、私たち人間が物事に執着することから解放されることを促しているそうです。
毎年大掃除ではなく、日々のちょこちょこ掃除を推奨している私は、掃除をする際この言葉を想うのですが、もっと深い部分でこの意味を受け取るにはまだまだ雑念が多いなぁと、この度改めて調べてみて痛感しております。ですが、掃除はこの思想を実践するための重要な手段でもあるそうです。
成長とともに心身あまりに多くのものを持ち過ぎていることに気づきます。
生まれたときには何も無かった。去る時にも何も持ってはいけない。今年も、清めましょう。

先日ふと目に留まった記事にあった『堆肥葬』。有機還元葬とも言うそうです。
「人間を土に還す」人間の遺体を自然に分解し、堆肥として新しい命に循環させる葬送方法で2019年アメリカワシントン州で合法化されシアトルで始まりました。土葬の埋葬に使用する土地の不足問題や、火葬に必要な燃料やCO2排出量の問題などに比べ、環境に優しいということで現在はアメリカのいくつかの州で合法化され今後さらに普及する可能性があると言われています。
これまでも『堆肥葬』という文字は目にしたことがあったかもしれませんが、今ほど自分の中に入ってこなかったのです。当たり前だと思ってきた常識も、柔らかい目や耳と心で新しい風を受け入れると全く違って見えてくるものですね。

ブラジルのベレンで開かれていたCOP30(国連気候変動枠組み条約第30回締約国会議)が閉幕しました。今年は京都議定書発効から20年、パリ協定の採択から10年という節目の年にあたります。そしてSDGsの17の目標達成のゴール設定である2030年までいよいよ“あと4年”になります。
完全達成は極めて困難とされ「ポストSDGs」の具体化が進んでいますが、そこでは「ウェルビーイング」重視への転換案が話題のひとつになっている様です。
ウェルビーイングとは、「well(良い)」と「being(状態)」を組み合わせた造語です。1946年に設立されたWHO(世界保健機関)の憲章で初めて用いられました。
「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあること」
80年近く前に明示されていたことが今もなお目標とされているわけですが、せめて少しでも目標達成に近づけるにはどうしたらよいのでしょう?忙しなく日々に流されるというスタイルからその波を乗りこなす、波乗りを楽しむというのはどうでしょう?当たり前の見直し、どう生きていくか、改めて軽やかに年を納められる様、心身共にスッキリ見直して進めていきたいと思います。あぁまだまだ外にも内にも物が多い!