
立秋を過ぎ、2025年も後半に入りました。
確実にセミの鳴き声よりも、秋めいた空模様や空気感、足元から聞こえる虫の音が際立ってきました。
この夏、突然庭に青紫蘇と荏胡麻が自然発生し、消費が追い付かないほど今も成長真っ最中です。都会の狭い庭先に旬のものが自然にやってきてくれるなんて、ありがたき幸せと思い、子どもも食べやすいレシピを調べて何度か挑戦してみました。
以前ご紹介した『山下智道さん』の野草講座をいくつか受けていますが、普段目にも止めないかもしれない足元の植物たちが、命を支える素晴らしい力を持っていることを知ると、何気ない日々が宝であふれていることに感激です。

猛暑、酷暑、激暑、炎暑——近年の夏の暑さは、言葉の表現すら追いつかないほど過酷になり、私たちの夏の過ごし方にも大きな変化が見られるようになりました。
かつて子どもたちは、学校のプールの時間を心待ちにしていましたが、今では1学期中の授業数も以前に比べて大幅に減り、夏休み中はプールの開放すら行われない学校が増えているように思います。(プールが苦手な子には嬉しい変化かもしれませんね)
私自身、暑さの中でも学校のプールで遊んだ夏休みの記憶は楽しいものでしたが、こうした室外プールの存在も、いずれは過去のものとなってしまうのでしょうか。
暑さだけでなく、さまざまな理由が重なり、夏の過ごし方は少しずつ形を変えてきました。
その変化の背景には、コロナ禍をきっかけとした生活様式の見直しもあり、学校のプールをはじめとする夏の風物詩も、今では再考の対象となっているように感じます。
そんなふうに、季節の風景が静かに変わっていく中で、今年は「戦後80年」という大きな節目を迎えました。今もなお、戦火に苦しむ国がある現実の中で、「戦後80年」という言葉は、果たしてどれほど深い意味を持つのでしょうか。
「戦争を知らない世代」という言葉を耳にすることがありますが、私自身は幼い頃、祖父母から戦時中の話を聞かせてもらったり、家にあった写真入りの本を眺めたり、戦争を描いた書籍や映画に触れたりしてきました。
また、広島・長崎・知覧の資料館や平和記念館を訪れることで、直接ではないにせよ、自分の今につながる過去の悲惨な出来事を見つめ、子どもたちにもなるべく伝え続けるようにしてきました。
しかし、今年初めて『玉音放送』の現代語訳に触れ、全文の意味を知りました。
「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」という言葉は、幼い頃から何度も耳にしてきたものですが、その背景や文脈を深く理解しようとしてこなかったことに、改めて気づかされました。

「戦後」という言葉をつかえる状態が80年続いていることは、決して当たり前ではありません。
そしてまた、平和とは、ただ戦争が終わったという事実だけで語れるものではありません。日々の暮らしの中で守り続けられてきた、そして今を生きる私たちも一人ひとりが引き継ぎ、その先を生きる命がある未来へつないでいく。
自然災害も、人間の欲で起こされる災いも、大なり小なり私たちの暮らしの中に常に存在しています。
「人生100年時代」というほど、私たちはより長く生きる可能性を手にしているわけですが、繋いでいただいたことで在る命、どのようにして生ききるか、そんなことを考える夏になりました。
今や、世界は常に瞬時につながることができますし、境界線が曖昧な場面が多くなり、「日本らしさ」とか「日本人らしさ」の様な言葉を使うことすら古臭くなってしまうのかもしれません。
ですが、この80年という節目の今だからこそ、知り、「過ちは繰り返しませぬから」という誓いの心を、この先も守り続けていきたいものです。
◎玉音放送の音声と詔書は、現在、宮内庁のHPで公表されています。
また、現代語訳については検索するとご覧になれます、ぜひ。